キャノングローバル戦略研究所研究主幹の瀬口清之さんの最新の中国レポートです。(11月17日)
いつもながらの鋭い分析をされています。
以下、ご覧ください。
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中国の高度成長、予想外に早く終焉迎える可能性
中国経済の急失速は回避は日本経済の急落リスクも緩和
1
.中国経済先行き、予想外の下振れか
10
月
18
日に発表された
2021
年
7
~
9
月期の中国の実質
GDP
成長率は
4.9
%だった。
その直後に中国の経済専門家などと意見交換を行ったところ、
10
~
12
月期は
4
%前後まで低下するとの見方が大勢である。
2022
年の
1
~
3
月期についての見通しを聞いたところ、電力不足や北京五輪の開催に伴う新型コロナウイルス感染対策などの状況によっては
5
%割れの可能性が指摘されている。
それでも
2021
年の実質成長率は通年で
8
%台に達することはほぼ確実と見られている。
一方、
2022
年の通年見通しは、一般的には
5
%台前半との見方が多いが、一部の中央政府に近い専門家の見方では
5
%割れとなるかもしれないとの指摘も見られ始めている。
筆者は数年前から
2020
年代の半ばに中国の高度成長期が終焉を迎え、
2020
年代後半には安定成長期への移行が始まると見ていた。高度成長期の一つの目安は
5
%以上の実質成長率の持続である。
2019
年秋に筆者が中国政府の経済政策関係者や中国の著名な民間エコノミストなどと長期見通しについて意見交換を行なった際にもそうした見方が多くなっていることが確認できた。
それを大まかな数字で表現すれば、
2020
年代前半は平均実質成長率で
5
%台を保持した後、
2025
年前後に
5
%を割るようになり、
2020
年代後半に成長率が急速に低下し、
2030
年前後には
3
%前後の成長率にまで低下するというイメージである。
その場合、早ければ
2024
~
25
年頃に初めて通年で
5
%割れの可能性があると予想していた。
それが、
2022
年に早くも
5
%割れの可能性が出てきたのは予想外だった(
2020
年の成長率が新型コロナ感染拡大の特殊要因で
2.3
%となったのは例外と考える)。
2
.意外に小さい足許の米中対立の悪影響
新型コロナ感染拡大直前の
2019
年の実質成長率は
6.0
%と
2018
年の
6.7
%から大幅な低下となった。
これはドナルド・トランプ政権による米中貿易摩擦の激化を背景に経済の先行き不透明感が強まったことが影響したものだった。
しかし、トランプ政権の対中貿易摩擦政策は米国企業の反対を強く受け、
2019
年
10
~
12
月期にはトランプ政権が融和方向に動いたため、一時的に先行きに対する不透明感は改善した。
その後、米中対立の深刻な状況がこれほど長期化するとは、
2019
年までは想定されていなかった。ただし、これまでのところでは、その悪影響は意外に小さなものにとどまっている。
2019
年秋以降、トランプ政権の対中強硬姿勢がやや緩んだこともあり、米中対立の影響はそれほど深刻に受け止められていなかった。
また、
2020
年後半以降は、コロナ禍で停止した他国企業の生産を中国企業が代替したため、中国の対米輸出が急増し、
2021
年
7
~
9
月期に至るまで高い伸びを示し続けた。
このため貿易面では米中対立の悪影響は表面化していない。
技術摩擦の面においても、経済安全保障の関係で多くの品目が米国政府による対中輸出制限の対象となっている。
しかし、実際には米国商務省が米国企業の対中輸出の持続を特例扱いで認可しているため、実害はさほど大きくない。
例えば、
2020
年
11
月から
2021
年
4
月までの約半年間に、ファーウェイ向け輸出申請の
69.3
%=
614
億ドル、
SMIC
(中芯国際集成電路製造、中国の半導体受託生産大手企業)向け輸出申請の
91.3
%=
419
億ドル、
2
社合計で
1033
億ドル、
11
兆円以上の特例扱いが認可されている。
これは
2020
年の日本の対中輸出総額
1761
億ドルの約
6
割に相当する。
それでもなお、半導体などの供給が一部制限されているが、足許の中国経済への影響としては、世界的な半導体供給不足の方がより大きな下押し要因となっている。
3
.来年の成長率下押し要因
このように、これまでのところ、米中対立が中国経済にもたらす悪影響はそれほど深刻ではない。
2022
年以降の中国経済の成長率見通しには、むしろそれ以外の不透明な懸念材料が多く指摘されている。
2020
年
1
月に武漢から始まった新型コロナ感染拡大の影響が深刻化し、現在に至るまで全世界でその下押し圧力が払拭しきれていない。
それに加えて、
2022
年の中国経済についての懸念材料は以下の通りである。
輸出は、海外における新型コロナ感染拡大の終息とともに、中国企業の生産代替によって伸びていた日米欧向け輸出が減少に向かう見通しである。
投資は、製造業設備投資が、原材料コスト上昇による企業収益率の低下および輸出の減少による稼働率の低下を背景に伸び悩むと見られている。
加えて、
2030
年カーボンピーク達成のために実施される鉄鋼、石油化学などのエネルギー多消費産業の生産抑制も下押し圧力となると考えられる。
不動産開発投資は、最近の恒大集団の経営破綻問題や中国政府の不動産市場に対する管理強化策などを背景に、不動産の値上がり期待が急速に萎み、投機的需要が大幅に減少している。
これが不動産開発投資の伸びを低下させる見通し。
インフラ建設投資は、地方政府のインフラ建設案件に対する中央政府の慎重な審査姿勢が変わらないため、非効率で経済効果が期待できない案件の資金調達は引き続き抑制される。
ただし、一部には、中央政府が景気減速を懸念して、景気テコ入れのためにインフラ建設案件の審査を緩め、地方政府の資金調達制限を緩和するとの見方もある。
仮にそうであるにせよ、投資全体としては伸び悩みが続く可能性が高い。
消費は、小規模ながら各地で発生している新型コロナ感染のクラスターが引き続き足かせとなっている。
ゼロコロナ対応を採用している中国政府は、少人数でも新規感染者が見つかれば、当該地域の移動制限の厳格化等を実施するため、旅行、交通、飲食、外出用衣料などの需要減退が不可避となっている。
加えて、不動産市場の停滞やデベロッパーの経営破綻リスクへの懸念などを背景とする住宅購入の伸び悩みは家電、家具、内装等の需要を下押ししている。
以上のように、
2022
年の中国経済は、輸出、投資、消費のどの需要項目を見ても、改善要素が乏しく、明るい回復見通しを立てにくい状況となっている。
4
.悲観的な中長期的見通しと意外な効用
この状況が続くと、
2022
年が
5
%割れとなり、
2023
年以降も不動産税の導入や中央政府による不動産市場の管理強化の持続による不動産需要の停滞、インフラ建設投資の抑制、カーボンピーク実現のための環境政策、それらの結果としての製造業設備投資の伸び悩み、米中対立深刻化のリスクなどが経済成長の足かせとなる可能性が懸念される。
そうなれば、最悪の場合、
2022
年以降、
5
%割れが続くというシナリオも否定できない。従来予想に比べて、
2
、
3
年ほど早く、実質
GDP
成長率の
5
%割れが始まることを意味する。
これは中国にとって非常に厳しいシナリオである。
しかし、マクロ経済の安定性確保の観点から見れば、意外にも好ましいシナリオになるとの見方もできる。
以前の一般的な見通しでは、
2025
年から
2030
年の
5
年程度の間に成長率が一気に
2
%も低下するシナリオが描かれていた。
その場合、マクロ経済のバランスをうまく保持し続けることは非常に難しく、経済の不安定化が強く懸念されていた。
これに対して、仮に
2022
年から
5
%割れが始まり、
2030
年
3
%前後の成長率に向かって
8
~
9
年かけてゆっくりと低下していくことが可能となれば、経済成長率の鈍化のスピードはかなり緩やかとなる。
このため経済不安定化のリスクも低下する。
中長期的に経済成長率が低下する場合、経済政策運営上の大きなリスクは先行き経済に対する期待の急速な変化である。
先行きの経済に対する期待が急速に低下すると、企業の設備投資と個人消費が急速に慎重化し、一気に厳しい不況に陥る。
この期待の変化をいかにして安定的にコントロールするかが経済安定確保のカギとなる。
企業経営者および消費者の期待が急速に慎重化し、経済の不安定化をもたらさないようにするには、
2020
年代の後半に急ブレーキがかかるより、
2022
年以降、時間をかけてゆっくり低下していく方がソフトランディングには望ましいとの見方もありうる。
その場合、これまで経済成長を実現することにより国民の信頼を得ていた中国政府が、引き続き国民からの信頼を維持するには、経済社会の質向上の面で、明確な成果を示すことが必要である。
具体的には、バブル経済など金融財政面でのリスクを抑制すること、不動産税、相続税の導入、社会保障の充実などにより貧富の格差を目に見える形で縮小すること、そして教育・医療・介護・環境・治安・防災などの面で安心して暮らせる社会を実現することなどである。
中国の経済社会の安定確保は世界経済、特に日本経済の安定にとって致命的に重要である。
中国政府の政策運営手腕に期待しながら、中国経済および政策動向を引き続き注視していきたい。
瀬口清之さん
坂城町長 山村ひろし