キャノングローバル戦略研究所研究主幹の瀬口清之さんの最新レポートをご紹介します。
テーマは:「シリコンバレーで成果を出せない日本企業の問題点~中国市場でも同じ現象、課題克服の第一歩はトップが現地に足を運ぶこと~」です。
坂城町でもシリコンバレーの状況については常にウォッチしています。 6月には坂城国際産業研究推進協議会(会長:竹内明雄さん)でもテキサス(日精樹脂工業さんの新工場)、アトランタ(竹内製作所さんの拠点)見学を含み、シリコンバレーの最新状況を視察に行く予定にしていますが、以下の瀬口さんのレポートは大変参考になります。 是非、ご覧ください。
また、先日(4月24日)、開催されたキャノングローバル戦略研究所研究主幹の櫛田健児さんのセミナーでも同趣旨のお話が出ていました。 以下の内容もご参考に。
以下、瀬口さんの論文、いささか長文ですがご紹介します。
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(キャノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口清之さん)
「シリコンバレーで成果を出せない日本企業の問題点~中国市場でも同じ現象、課題克服の第一歩はトップが現地に足を運ぶこと~」
1.グローバル企業が注目するシリコンバレーと中国市場
シリコンバレーは世界の新規事業開発の中心である。米国企業全体の新規事業開発への投資の地域別ウェイトは、シリコンバレーが60%、ニューヨークが10%、ボストンが10%、その他が20%と言われている。 シリコンバレーに行かなければ世界のビジネスの潮流が今後どういう方向に向かおうとしているのかを把握するのは難しい。
一方、中国経済は2010年代以降、世界の経済成長の主力エンジンである。その国内市場の伸びは他の海外市場を圧倒する。
しかも、中国経済自体が急速に構造変化を遂げつつあるため、市場ニーズの変化も急速である。地域による違いも大きく、中国各地の主要な市場に足を運んで自分の目で見なければ市場ニーズを実感することはできない。
現在、グローバル市場で活躍する企業にとって、シリコンバレーと中国市場は最重要拠点である。同時に、グローバル市場の中で最も急速に変化しているのがこの2つの場所である。その両方において多くの日本企業の動きは鈍い。
シリコンバレーと中国市場は全く異なる市場であるため、日本企業の動きの鈍さの原因も異なるとつい最近まで筆者は考えていた。
ところが、シリコンバレーにおける日本企業の動向に詳しい専門家や有識者の話を聞くと、両方において成果や業績が上がっていない日本企業の間には驚くほど多くの共通課題があることに気づかされた。
2.シリコンバレーで成果が出せない日本企業の主な課題
3月にサンフランシスコに出張した際、シリコンバレーの日本企業の事情に詳しい現地駐在の日本人有識者と面談した。その人物は次のように語った。
ここ数年、日本でもイノベーションの重要性が盛んに指摘され、オープンイノベーションブームとも言える状況が続いている。そうした状況を背景に、多くの日本企業がシリコンバレーに注目するようになった。
5年前に比べると、日本からシリコンバレーを訪れる出張者、あるいは現地の日本企業の事務所は5~10倍に増加した。日本企業が社員を派遣する目的は情報収集であり、研究開発部門または経営企画部門の人材が派遣されるのが一般的である。
こうした変化を見ると一見新規事業開発に注力しているように見えているが、実はその成果は乏しい。
シリコンバレーに注目し、現地で情報収集を継続する日本企業がこれほど増えているにもかかわらず、それらの企業において新規事業開発の成功や収益拡大を実現した事例はほとんどない。
その主な原因として以下の3点が指摘されている。
第1に、駐在員の任期の短さである。多くの日本企業において本社からシリコンバレーに派遣される人員の任期は3年程度である。これはシリコンバレーに限らず、ニューヨークなどに駐在する幹部人材にも当てはまる。
一般的に社内の評価が高い人材は海外赴任期間が短く、本社勤務が長いというのが多くの日本企業に見られる特徴である。
3年程度の任期では現地で太い人脈を形成し、新規事業立ち上げの成果を上げるのは極めて難しい。3年間である程度知識を身につけ、情報を収集し、友人も作るが、3年後に帰任し、その後任が着任すると、その人物はまたゼロからのスタートである。
3年ごとにこれを繰り返していれば、新規事業開発の成果が生まれる可能性は極めて低い。その程度の人物では、現地サイドの企業からも通常は信頼してもらえない。
したがって、表面的には資金と人的資源を継続的に投入して熱心に新規事業開発に取り組んでいるように見えるが、ビジネス上の成果につながることはほとんどないのが実情である。
第2に、日本企業の人事考課基準が新規事業開発に向いていないという問題がある。
シリコンバレーで目覚ましい成果を示す企業の特徴は、多くの失敗を繰り返しながら、その中で数少ない成功事例を見出し、それを大きく成長させるパターンである。
これに対して、多くの日本企業では、リスクがあることにはチャレンジしない。
経営幹部は部下に対して口では失敗を恐れずにチャレンジせよと発破をかけるが、実際に失敗すれば人事考課でマイナス評価となり、それを何度か繰り返すと、その後で成功してもその前の失敗によるマイナス評価を挽回できない仕組みになっている。
社員はその実態をよく理解しているため、よほど高い志と勇気のある人物でない限り、本気でリスクをとってチャレンジすることはない。
しかもそうしたリスクをとってチャレンジする姿勢すら社内ではほとんど評価されないのが普通である。
第3に、本社関係部門との連携の悪さである。
日本企業でよく見られるケースは、本社の社長は自社の将来の長期的な発展継続に危機感を抱いて、新規事業開発のために手を打つ必要があると考え、シリコンバレーに優秀な人材を派遣することを決める。
派遣された人物が短期間の制約の中で何とか現地のネットワークとの接触に成功する。それを本社関連部門に繋いで、さらに関係強化を図ろうとする。
それは社長が期待した方向に沿ったものである。それにもかかわらず、肝心の本社関係部門の反応が鈍いことがよくある。
せっかく紹介した技術協力のチャンスについて、本社サイドは、「そんなのは日本にもある」と言って、自分でコンタクトを取ろうとしない。コンタクトを取っても、本社内で提携の方式などを検討するのに半年もかけてしまう。
結局、せっかくみつけた提携候補先は離れていく、あるいは他社との提携に動くといった形で、ビジネスが成立しなくなる。
これがシリコンバレーに進出している多くの日本企業の実態である。シリコンバレーの先端企業は日本企業のこうした問題点を理解しており、一部の先端企業は日本企業と情報交換をしても時間の無駄であると考え、相手にしなくなっている由。
ただし、例外もある。シリコンバレーで一定のプレゼンスを示す一つのメルクマールは、シリコンバレーでの総投資額が1000億円以上に達することである。
この条件をクリアしている日本企業はトヨタ自動車、ソフトバンク、楽天の3社である。特にソフトバンクの存在感は大きい。
3. SVと中国市場で動きが鈍い日本企業の共通点
以上で指摘された日本企業の課題は、中国国内市場でビジネスを展開する多くの日本企業にも共通している課題である。
こうした問題点の土台の部分にある根源的共通課題は、多くの日本企業が、「いいものを作れば売れる」と信じていることである。
この発想はグローバル市場のニーズを自分の目で確かめようとせず、日本の国内市場での経験がそのまま世界に通用するという大きな誤解に基づいていることによるものである。
各国の市場ニーズは大きく異なる。中国は地域によっても市場ニーズに大きな差異がある。しかも、その変化が日本よりはるかに速い。
そうした様々な市場ニーズをタイムリーに把握し、それに合わせて性能、サービス内容、価格、デザインなどを的確に適合させていかなければ中国国内市場での競争には勝てない。
日本国内ではライバル企業は多くの場合日本企業であるが、中国でのライバル企業は市場開拓のために世界中から中国にやって来る世界トップクラスのグローバル企業である。
そうした企業が市場ニーズに合わせて必死に努力している中で、日本企業だけが日本の経験に基づいて行動していれば競争に勝てるわけがない。それはシリコンバレーで成果が出ない企業についてもそのまま当てはまる。
つまり、このグローバル市場と向き合う時の謙虚さを欠く独善的な姿勢こそが日本企業の根本的欠陥である。
4.日本企業の根本的課題の解決策は何か
ではどうすれば日本企業は謙虚な姿勢でグローバル市場の様々なニーズをタイムリーに把握し、それに合わせた製品・サービスを的確に提供できるようになるのだろうか。
この根本的問題の解決は並大抵の努力では達成できない。経済のグローバル化に伴う市場ニーズの多様化に適合するよう企業経営そのものを変革することが必要となるからである。
変革の先頭に立つべきは社長自身である。また、この根本的問題の病弊の巣窟は研究開発部門である。
社長が主導して、研究開発部門が市場ニーズの多様化や急速な変化に的確に合わせて柔軟かつ迅速に製品・サービスの開発を行うよう、従来型の独善的姿勢を根底から改めさせることが必要である。
そのためには、まず社長自らが市場ニーズ重視の姿勢を明確に示すことが重要である。
すなわち、グローバル企業が鎬を削るシリコンバレーや中国市場に年数回ずつ足を運び、自分の目で見て市場ニーズを肌で感じられるようになるまで理解することが変革断行の出発点である。
そのうえで、長期的な視点に立ち、自社としてどのような新規事業に取り組むか、中国市場のどの分野で勝負するかを判断し、そのために必要な市場ニーズ把握の仕組み、人材、技術、資金などを準備する。
それらの各要素が市場ニーズの変化に合わせて連動し、研究開発、コストダウン・品質管理といった生産管理、販売網の整備などが相互に有機的に連携するよう経営組織を改革する。
このような大事業を推進できるのは社長しかいない。副社長以下は社長になること、あるいは昇格することが最優先の目標であるため、長期的視点から会社のあるべき姿を根本的に考え直して実行に移そうとする人は極めて例外的である。
その責務を担う社長もよほどの覚悟がなければ、このような難事業への大胆なチャレンジはしない。
長期的な将来における自社のあるべき姿を真剣に考え、そのために勇気を奮い立たせて全力を投じる社長でなければ、リスクを冒してこの難事業に取り組むことはない。
数年で任期を終える社長にはそこまで考える余裕はない。社長の仕事は難しい。軌道に乗るまでに3~4年は要する。
もし5~6年の任期で社長を退任するのであれば、経営が軌道に乗った頃にはもう後任人事や後継体制を考えなければならず、長期的視点から自社のあるべき将来像を考え、その実現に向けて自らチャレンジする時間はない。
そう考えれば、社長の任期として10年程度は必要である。
ただし、必ずしも社長にふさわしい能力を備えた人物が常に社長に選ばれるわけではない。もし社長の任に堪えない人物が就任したことが事後的に明らかになった場合には、なるべく早く次の社長に交代することを促すことが重要である。
そうした社長自身がリスクを取って主導する大胆な経営改革を通じてグローバル市場に謙虚に向き合い、グローバル市場の多様性、急速な変化に対応する経営組織を構築することが多くの日本企業に共通の課題である。
この難題を克服し、多くの日本企業が失敗を恐れずシリコンバレーと中国市場にチャレンジするようになることを期待したい。
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坂城町長 山村ひろし