「坂城町経営革新塾」開催

坂城町の若手経営者、後継者育成のための経営塾がスタートしました。坂城町商工会、(財)さかきテクノセンターの主催で、坂城町中小企業能力開発学院、テクノハート坂城協同組合、坂城町の共催で実施されます。昨日が第1回目で来年2月まで毎月、計8回開催されます。今年度は主に製造業経営を中心に実施されますが、技術の原点、技術開発、マーケットへの参入方法、知的資産の考え方など幅広く研修します。

ものづくりの町坂城の原点はなんといっても技術力です。激しく変わる世界のマーケットに果敢にチャレンジする若手経営者に期待します。

今年度は第1回目となりますが、13名が参加。講師は(財)さかきテクノセンター技術顧問の島田享久氏、中小企業診断士の高橋亙氏です。お二人ともかなりのエネルギーを持たれた先生で今後のご指導に期待します。早速、かなりの宿題が出され塾生は緊張しつつも張り切っているようです。なお、塾生のリーダーには 高松製作所の高松英一社長、サブ・リーダーには 徳武製作所の徳武利洋社長が選ばれました。幹事役として大活躍されることでしょう。

私も時々お邪魔し、種々お話をしたいと思っております。

坂城町長 山村ひろし

良い話(坂城消防団ポンプ操法大会で優勝)

本日(7月10日)朝、8時から第52回埴科消防ポンプ操法大会、ならびに第6回埴科消防ラッパ吹奏大会が坂城町ポンプ操法訓練所で開催されました。

坂城町からは、先日坂城町の大会で優勝した第2分団(ポンプ操法、金井)、第10分団(小型ポンプ操法、上五明)ならびにラッパ分団が出場しました。

その結果、ポンプ操法の部で第2分団が、見事、千曲の強豪を制して優勝し、県大会に出場することになりました。これは実に10年ぶりの快挙です。消防団の皆さんの日頃の大変なご努力と、長年にわたり消防団の活動を支えてこられた多くの指導者の方々のご尽力に感謝いたします。

日本の安心、安寧を守るのはやはり地元の消防団の皆様の力を頼りにせざるを得ません。特に、現在のように国政が目を当てられないように大混乱をしている中、我々の町は我々の力で守らなければなりません。その意味で、今回、我が町の消防団の快挙に心からお祝いを申し上げるとともに、県大会でのさらなるご活躍を心より期待します。

県大会は7月31日、伊那で開催されるとのことです。私も応援に参じます。

皆さまの絶大なる応援をお願いいたします。

小型ポンプ操法で、第10分団は3位に入りましたが、1位との差はあまり大きくはありません。ラッパ分団とともに来年に向けてさらなる精進をお願いいたします。皆さまありがとうございました。

坂城町長 山村ひろし

老子の続き(第8章)

この章では、「道」のあり方について、水を例えにして述べています。冒頭に「上善若水」(じょうぜん みずのごとし)という有名な一節が出てきます。お酒の銘柄で有名ですが、ここはお酒の話ではありません。水のあり方の素晴らしさについて述べていますが、先の大震災を思うと時として大変な力を持つ水についても考えさせられます。

  上善若水。水善利萬物而不爭、處衆人之所惡。故幾於道。居善地、心善淵、與善仁、言善信、政善治、事善能、動善時。夫唯不爭、故無尤。

  上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し。水善(よ)く萬物を利して争わず、衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所に居る。故に道に幾(ちか)し。」 居には地を善しとし、心は淵(えん)なるを善しとし、与(あた)ふるには仁なるを善しとし、言はは信なるを善しとし、政は治(おさ)まるを善しとし、事には能なるを善しとし、動くには時となるを善しとす。」  夫(そ)れ唯(た)だ争わず、故に尤(とが)無し。

 最高の善、「上善」といわれるものは何ですかと言えば、それは水と言えます。水はあらゆるもののために働き、争うことはありません。又、皆の嫌がるような低いところに収まっています。まるで道を実践しているようです。
 住む場所としてはしっかりした土地の上を良しとし、心持は深く深淵を良しとし、他に対しては情け深いのを良しとし、言は信義をもってすることを良しとし、政(まつりごと)は平和に徹することを良しとし、事をなすには最善を良しとし、最適なときに動くのを良しとします。 このようにすべて水のように、争わぬことを心がけることが大切です。このようにすれば間違いを犯すこともありません。
 
   
    老子の第78章でも水について述べています。 そこでは、水の柔らかさについて触れていますが、同時に強さにおいても水に勝るものはないと書いています。(「天下の柔弱なるもの、水に過ぐるは莫し。而も堅強を攻むる者、能く勝るあるを知る莫し。」)
 何千年の長きにわたり、千曲川と対峙してきた坂城の人々にとって老子の水に対する考え方について大いに考えさせられませんか。
 
   坂城町長 山村ひろし

坂城町早起き野球連盟(春季大会)の順位決定

坂城町早起き野球連携のリーグ戦(春季大会)が終了し順位が決定しました。

わが、坂城町役場野球部は一時、優勝の可能性もありましたが、最終戦(寿クラブ戦)10対1でやむなく敗れ3位となりました。以下、順位表です。優勝チームは「ドンファーマーズ」です。おめでとうございました。

1位:ドンファーマーズ 5勝1敗

2位:坂城ジャイアンズ 4勝2敗

3位:坂城町役場野球部 3勝2敗1分

4位:横町クラブ 3勝3敗

5位:寿クラブ 2勝4敗

6位:長野石油輸送野球部 2勝4敗(得失点差で6位)

7位:長寿庵タイガース 1勝4敗1分

皆さま、お疲れ様でした。春季リーグ戦はこれで終了しましたが、7月19日より春季大会トーナメント戦が開始されます。引き続き応援をよろしくお願いいたします。(8月9日最終戦予定)

坂城町長 山村ひろし

千曲川改修期成同盟会中央要望活動に参加(陳情)

7月7日、8日の両日にわたり、千曲川改修期成同盟会として国土交通省北陸整備局(新潟)ならびに国会で民主党、国土交通省、地元国会議員の諸先生方に千曲川河川改修についての要望活動を行ってまいりました。

国土交通省北陸地方整備局での要望

国会にて相原久美子民主党陳情要請対応本部副本部長

ならびに篠原孝農林水産副大臣(長野選出)への要望

小泉俊明衆院議員(国土交通大臣政務官)への要望

この期成同盟会は長野市長(会長)、中野市長(副会長)、飯山市長(監事)、千曲市長(監事)、須坂市長(監事)、上田市長(理事)、坂城町長(理事)、小布施町長(理事)の6市、2町で構成されており、国土交通省北陸整備局あるいは民主党、国土交通省、国会議員の諸先生に対し、適宜、要望活動を行っております。今回、坂城としては千曲川右岸、南条の「築堤工の整備」についてお願いをしてきました。この地区は上田市境の狭隘部から坂城町に入ってくる水衝部なのですが200メートルにわたりモルタル補修をしたままとなっている箇所で、一刻もはやく築堤整備が必要になっているところです。

今回は上記期成同盟のほか、北信地域千曲川等改修促進期成同盟会(木島平村、野沢温泉村、栄村)も合同で要請活動を行ってきました。

この中で、特に千曲川下流域新潟県境部分は広域にわたって築堤がなされていない個所が多く、防災上大いに問題ありと感じました。

このような要望活動(陳情)は初めての経験でしたが、国政の混乱する中、速やかな事業推進を心より願うばかりです。

小泉俊明国土交通大臣政務官を中にして

坂城町長 山村ひろし

老子の続き(第7章)

この章ではいよいよ老子の本質的な部分に入っていきます。それは「私心私欲」を持たない世界です。

老子には後世、副題が付けられましたが、この章には「韜光(とうこう)」というタイトルがしばしば使われています。「韜光曖跡(とうこうまいせき)」という言葉があります。これは「光を包みおさめて跡を晦(くら)ます」という意味ですが、わが身を人の外側におきながらそれでいて自ずから人に招かれてその場にいる、というような無為自然の立ち振る舞いについて述べています。人前にしゃしゃり出るのではなく、自然に多くの人から推挙され自然に人々のリーダーになることの大切さについて述べています。なかなか難しいですね。

 

   天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生、故能長久。是以聖人後其身而身先、外其身而身存。非以其無私邪。故能成其私。

 

    天は長く地は久し。天地の能く長く且つ久しき所以の者は、其の自ら生きんとせざるを以てなり。故に能く長久なり。」是を以って聖人は其の身を後にして身先んじ、其の身を外にして身存す。其の私無きを以てに非ずや。故に能く其の私を成す。

 
天は永久であり、地もその果てるところを知らない。天地がこのように永遠で長く続くのは自らが無為であり、ことさらに生きようとしていないからです。だからこそ長く久しく続くのです。このように見てみると聖人は自ら表立って前に出ないのに人から推され、常に中心部にいようとしているわけでもないのに中心的存在となっている。これは私利私欲を持たず無為の状態でいるからこそであり、結果として物事を成就することが出来るのです。
 
以上。
 
坂城町長 山村ひろし

 

坂城町出身若手アーティストと言えば(小松美羽さん)

坂城町出身の若手アーティストと言えば「美人すぎる銅版画家」として有名な小松美羽さんではないでしょうか。ご多用のところ坂城役場にお出でいただきましたのでいろいろお話を伺いました。

小松さんのご経歴は以下のウィキペディア、ならびにホームページにありますように坂城町ご出身で現在、東京にお住まいです。

小松さんの作品の特徴は何と言っても作品中に頻繁に表れる「眼」だと思います。「眼」の中に小松美羽さんの世界が宿り、世界中の生き物や植物の”魂”を映し出しています。

これから小松さんがどのように発展、昇華されていくかとても楽しみです。

是非とも来年、坂城で個展を開催していただけるようお願いをしたところです。

いくつかの代表作を以下に掲載しましたのでご覧ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E7%BE%8E%E7%BE%BD

http://www.miwa-komatsu.com/index.html

「1年戦争の終結」

 以上。

坂城町長 山村ひろし

西澤電機計器製作所さんが内閣総理大臣賞を受賞

西澤電機計器製作所さん(西澤泰輔社長)が内閣総理大臣賞を受賞されました。

西澤電機計器製作所さんは、電気計測技術の領域で培われた確かな独創性をもった研究開発メーカーとして、最先端の産業機器やエレクトロニクス機器に至るまで、極めて幅広い分野で計測機器を中心に活躍されておられます。また、近年、福祉関係、生体医療関連機器の開発にも取り組まれ、さらには、環境問題、労働安全衛生、バリアフリー化などの問題に長年取り組まれておられます。

この度、政府は7月1日に、交通安全や火災予防など国民の安全確保に貢献した「安全功労者」の個人15人と10団体を表彰しました。

このうち、産業安全の分野で、 西澤電機計器製作所さんが内閣総理大臣賞を受賞されました。本日(7月4日)西澤社長さんが役場にお出でになりましたので、さっそく表彰状と盾を拝見させていただきました。坂城町としても大変名誉なことだと思います。詳細は坂城町ホームページなどでも別途ご報告いたしますが、速報でご連絡します。

(左から 宮下副町長、中島取締役、西澤社長、山村、西澤NEITZ社長)

坂城町長 山村ひろし 

陸前高田市へ行って参りました。

先週(6月25日、26日)坂城ライオンズクラブの皆様とともに、陸前高田市へ奉仕活動に行って参りました。これは、陸前高田ライオンズクラブの要請によるものですが、私も坂城ライオンズクラブの一員として6月24日の夜から25日午後まで参加させていただきました。(陸前高田ライオンズクラブの村上さんには大変お世話になりました)

今回訪問した、坂城ライオンズクラブのメンバーは、大井宏子さん(坂城ライオンズクラブ会長)、臼井勝男さん、富沢武嗣さん、辺見正嗣さん、山村弘の5名です。私は全く、戦力にはなりませんでしたが、皆さん交替で徹夜のドライブ、到着後さっそくの料理作り、誠に頭の下がる素晴らしい獅子奮迅ぶりの活躍で、以下の日程をこなされました。

今回訪問させていただいたのは以下の学校、コミュニティーセンターですが、各々の箇所でタケノコ汁、豚汁(イノシシ汁)、すいとん汁などを避難所の皆様にお出ししました。また、坂城のバラ合計400本、ばら祭りの際に坂城の皆様に書いていただいた応援メッセージ・ボードもお届けいたしました。

陸前高田市(仮役場)では菊池企画部長さん、伊藤副議長さんから震災当時の筆舌に尽くしがたい貴重なお話を受け賜りました。すべての自治体の機能が失われた時の行政のあり方、防災に対する基本的な考え方について多くのことを学びました。(陸前高田市の人口は約24、000人で、生存の確認がされた方々は約22,000人と伺っています。また、総世帯数約8,000の内、全壊が約3,600とのことです。市の基本的なデータがすべて失われ、手作業でデータ復元中。)

避難所としても利用されている、陸前高田広田中学校(小学校を間借りしている)の吉家校長、大森副校長にお会いするとともに、中学3年生のクラス皆さんともお話をし、坂城のバラと、応援メッセージ・ボードをお渡ししました。災害を受けても元気な笑顔を見せていただいた中学生の皆さんに逆に勇気をいただき大変感銘を受けました。

(訪問日程)

6月24日(金)上平の公民館で食材の仕込み、積み込みを終了後、夜10時役場前から出発。(新田醸造さんのトラックと乗用車1台にて)

6月25日(土)朝7時半頃、陸前高田市に到着。

6月25日(土)午前、陸前高田市役所訪問。

坂城のバラとメッセージ・ボードをお渡しする

6月25日(土)、昼食:陸前高田市立広田小学校(中学校も同居) タケノコ汁をお出しする。

 

6月25日(土)、夕食:大船渡市末崎町碁石コミュニティーセンター 豚汁(イノシシ汁)をお出しする。

6月26日(日)、朝食:陸前高田市立長部小学校 タケノコ汁をお出しする。

6月26日(日)、昼食:陸前高田市立長部小学校 すいとん汁をお出しする。

 

以上、忙しいスケジュールでしたが、坂城ライオンズクラブの皆さんの頑張りに感謝感激です。

今後とも、坂城町として貢献できることがあれば積極的にご協力させていただく所存です。

坂城町長 山村ひろし

「杉並師範館卒塾証書」

昨日(7月2日)、今年3月まで塾長をしていた東京の「杉並師範館」(今年3月で閉館)のスタッフ全員が集まり納会と私の当選お祝いをしてくれました。

何とスタッフ皆さんから「卒塾証書」をいただきました。最大の喜びであります。

杉並師範館は日本の教育に危惧の念を持つ政財界、教育界の方々、杉並区長(当時、山田宏氏)、田口佳史氏、田宮謙次氏が「地方分権化の流れの中で地方自治体で独自の教育を実施したい」「教育の立て直しにはまず、小学校の先生の教育から」の思いで平成18年にスタートし今年3月で120名の卒塾生を輩出しました。杉並区ではすべての小学校(43校)に3名~5名が配置されたこともあり、今年3月で一応の目安と考え、さる3月に閉塾いたしました。(今年の2月には千曲市の議長ならびに議員団約10名が研修の一環として訪問されています。)

以下は、杉並師範館を閉館するにあたり編纂された「杉並師範館の歩み」の巻末に書いた御礼のメッセージです。私と塾長補佐をしていただいた、瀬口清之さんの思いが書かれています。以下、記述します。

「杉並師範館の歩み」を纏めるにあたって(御礼)

~~「師範館」の火の再点火への想いをこめて~~

 
 この「杉並師範館の歩み」を発刊するにあたりまして、一言御礼を申し上げたいと思います。
本刊は杉並師範館の閉館を機に出版されるものですが、単に関係者の思い出を残すための記念誌ではありません。お読みになってご理解いただけたと思いますが、杉並師範館の構想作り、設立準備から携わってこられた方々の熱き思いと心血を注がれた真剣な取り組みが記録されております。
平成も23年目に入りましたが、バブル崩壊後の日本の諸問題は未だ解決に至らず、その多くは後世に付けを残したままになっております。杉並師範館はこの中において、初等教育における教員養成の先駆的な取り組みを行ってまいりました。残念ながら、当初想定した中央教育審議会の答申(平成十七年)に盛られた教員人事権と財源の移譲が実現しなかったこともあり、杉並区独自の取り組みとしての杉並師範館の五年に亘る歩みを一先ず閉じることになりました。
しかし、私どもの灯した火は絶えることなく、日本の津々浦々で改めて再点火される時が必ず来ると信じています。本刊がその日のための、いわば師範館創りのガイダンスになればと考え、設立の理念、設立の準備、理事の専任、塾長の専任、塾のカリキュラム・運営等について、わかりやすく詳細に記述させていただきました。これから「師範館」を新たに設立されんとされる方々の手引きとなることを期待しております。
この壮大な取り組みは一旦中締めをいたしますが、私どもは今後このチャレンジの芽を育てる動きが全国的な取り組みへと拡がっていくことを切に願っております。
最後に、杉並師範館設立から運営に携わっていただいた理事会メンバーの方々、杉並区教育委員会の方々、区立学校の先生・職員の方々、地元でご支援いただいた方々、年中無休で昼夜を分かたず塾生の指導に当たった師範館運営スタッフ、ならびに、本刊の編纂も含め、縁の下の力持ちとして多大な尽力をされた師範館事務局に心より御礼を申し上げます。
杉並師範館塾長   山村  弘
杉並師範館塾長補佐 瀬口 清之
 
(杉並師範館の歩み)
坂城町長 山村ひろし