コンビ(株)のベビーカーをプレゼント

 本日(4月17日)、坂城町保健センターで昨年に引き続き、第2回目のベビーカーの贈呈式を行いました。

 これは、コンビ株式会社の松浦康雄名誉会長から坂城町へご寄贈いただいたものです。

                       

(昨年の贈呈式について、以下のサイトをご覧ください)

http://blog.valley.ne.jp/home/yamamura/?itemid=33864

 

 以下、坂城町ホームページより

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4月17日(木)ベビーカーを贈呈

第2期ベビーカー贈呈式

  4月17日(木)、保健センターで、 昨年コンビ(株)の松浦康雄名誉会長から町にご寄贈いただいたベビーカーの第2期贈呈式が行われました。

  当選されたのは、池田恭子さん、宮尾みさきさん、西澤裕紀乃さん、岩下 愛さん、小山紗矢香さんの5名で、山村町長から1台ずつプレゼントされました。元気な赤ちゃんを産んで初めての子育てに役立ててください!

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 坂城町長 山村ひろし

婦人消防隊分隊長会議と任命式

 昨日(4月16日)、坂城町役場で婦人消防隊分隊長会議が開催され、任命式と婦人消防隊の正副隊長、各地区隊長などの選出を行いました。

 尚、婦人消防隊長には泉区の堤 匡恵さん、副隊長には田町区の上原絹代さん、中之条区の竹内洋子さん、網掛区の金子みどりさんがそれぞれ就任されました。

 現在、坂城町婦人消防隊は609名在籍しています。

 婦人消防隊の皆さんは、自主防災会(区)や消防団と連携し、防火座談会の開催、高齢者、一人暮らし世帯への訪問などの啓発活動を年間を通じて行い、「自分たちの地域は自分たちで守る」という意識のもと、災害の無い町づくりを目標に活動をしていただいております。

 任期は2年間です。 皆さま方のご活躍に期待します。

婦人消防隊分隊長の皆さん

挨拶する山村、左は松本消防団長                         

                          

 坂城町長 山村ひろし

坂城町立図書館の前側がすっきりしました。

 図書館と格致学校の間にあって長い間使用されていない、トイレが撤去され若干のスペースと新たな通路ができました。

 また、図書館員のエプロンが新しく揃えられました。

 昨年、新たに図書館長に就任された鈴木康之さんにいろいろと工夫をしていただいております。

                     

 以下、図書館のニュースから

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図書館前の通路が新しくなり、エプロンも揃えました!

図書館前通路とエプロン

  格致学校わきの建物を撤去し、図書館との間の通路を広げて、すれ違いの通行ができるようになりました。新しくスロープも作りました。5月には芝生を植える予定です。気候がよくなれば、外でくつろげる場所にしていきたいと思います。4月から新しい司書も加わり、職員のエプロンも緑で統一しました。この機会に一度図書館までお出かけください。

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 坂城町長 山村ひろし

SAKAKI の美術家≪7人≫展

 坂城町出身の芸術家7人展が今週末、開催されます。

 期間は4月19日から6月15日まで。

 会場は 坂城町「鉄の展示館」です。

 いままで一同に会する機会のなかった全国的に著名な現代美術家の作品を皆さま方にご覧いただく、またとない機会です。

 是非、お出で下さい。

                        

 今回出展される作家は、日本画の塩野入大賢(たいけん)氏、書の岩浅写心(しゃしん)氏、洋画の浦野資勞(しろう)氏、彫刻の若林武新(ぶしん)氏、日本刀の宮入小左衛門行平氏、彫金の宮入鏡(きょう)氏、染織の宮入映(えい)氏です。

                  

 宮入さん一家3人の作品を同時に見られる機会もめったにありません。

 どうぞお楽しみに。

 案内は以下のサイトをご覧ください。

http://www.town.sakaki.nagano.jp/event/W005H0000104.html

                   

 坂城町長 山村ひろし

カセー博士(元タイ国外務大臣)との再会

 本日(4月13日)、タイのカセー博士と坂城町役場でお会いしました。

左から産業振興課北村係長、塚田課長、桜井社長、カセー博士、山村、宮下副町長、春日さん(桜井社長の姉上、通訳をお願いしました)、産業振興課坂本主任

                          

 今回、カセー博士はタイで博士が関係されている大学と信州大学との提携調印のため来日されたのですが、ご多用の日程の中、顧問をされておられる桜井製作所の桜井社長とともに坂城町役場へお出でいただきました。

 カセー博士とお会いするのはこれで3度目ですが毎回、グローバルな話題に感銘を受けます。

            

(カセー博士の来訪、平成24年)

http://blog.valley.ne.jp/home/yamamura/?itemid=26535

(カセー博士とタイでの再会 平成25年)

http://blog.valley.ne.jp/home/yamamura/?itemid=34094

          

 近年、坂城町とタイとはビジネス面で密接な関係が出来つつあります。

 今後、様々な形で相互の人材交流などのプログラムが出来ないか可能性を検討したいと思っております。

                    

 坂城町長 山村ひろし

坂城テクノセンター設立20周年記念行事

 昨日(4月12日)、坂城テクノセンターで、昨年から公益財団に移行した(公財)坂城テクノセンターの20周年事業の一環として記念講演会・パネルディスカッションが開催されました。

 ゲストスピーカーとして坂城町出身のセブン&アイホールディングス会長の鈴木敏文さんにご挨拶もお願いいたしました。

 鈴木さんからは大変素晴らしいお話をいただきましたが、中でも消費税導入後の状況、さらには「いかに消費者の求めるものを売るか、いまのお客様は少しでも良いものを求めている。したがって安ければ良いというものではない。」などいかにPB(自主ブランド)を開拓していくかなど時宜にかなう素晴らしいお話をしていただき大変感銘を受けました。

 そのほかに来賓として、長野県産業労働部長石原秀樹氏、坂城町議会議長柳澤澄氏にご挨拶をいただきました。

             

ご挨拶する山村

        

 以下、坂城町ホームページよりご覧ください。

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4月12日(土)テクノセンター20周年記念行事

テクノセンター20周年01

▲セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長  鈴木敏文さん

  4月12日(土)、坂城テクノセンターで、「坂城テクノセンター設立20周年記念行事」が開催されました。

  坂城テクノセンターは、平成5年に開設され、坂城町の工業の中核として、産学官の連携を図りつつ、技術開発の支援、人材育成、企業間交流、情報提供など町の工業の発展に努め、昨年11月に設立20周年を迎えました。本日は、その記念行事として、坂城町の名誉町民であり、セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長の鈴木敏文さんにご挨拶をいただき、その後町内企業5社の社長の皆さんによるパネルディスカッションが行われました。

  鈴木会長は、消費税増税による小売業界の動きや、消費者の嗜好の変化について話され、「以前は安価で同じ商品でも売れ続けたが、現代は生活レベルが上がったことで、新しい商品や良い商品でないと売れなくなった。売り手は、過去の経験を元に次の商品を考えがちだが、消費者の嗜好が変わってきていることを認識し、常に世の中の変化を頭において物事にあたらなければならない」とおっしゃられました。

 

  パネルディスカッションは、「坂城町工業の今後の発展を考える」をテーマに行われ、山村町長がコーディネーターを務めました。

パネリスト

  • 竹内明雄さん  (株)竹内製作所 代表取締役社長
  • 宮後睦雄さん  宮後工業(株) 代表取締役社長
  • 佐藤洋子さん  力石化工(株)代表取締役社長
  • 依田穂積さん  日精樹脂工業(株) 代表取締役社長
  • 桜井雅史さん  (株)桜井製作所 代表取締役社長

  パネリストの皆さんは、山村町長の進行のもと、自社の現状や業績、後継者の育成などについてそれぞれ話されました。また、坂城町の工業が今後さらに発展するためにはどうしたらよいか聞くと、「住工が一体化する町として内外にアピールすること」「企業の誘致を図ること」「消費者の要望に応えて質の良い物をつくること」「テクノセンターを中心に働きがいのある町になるよう挑戦すること」「常に先取りできるよう意識改革し一団となること」が重要とお答えいただき、会場一杯に集まった聴講者の皆さんも今後の町の工業の発展に期待を寄せられました。

▼パネルディスカッション

テクノセンター20周年03-09 

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 坂城町長 山村ひろし

坂城の100人 第33回目は源顕清

 先日、「村上海賊の娘」に関して記述しましたが、信濃村上氏の祖でもあり村上水軍(海賊)の祖とも考えられる源顕清について、鉄の展示館宮下学芸員に記述してもらいましたので以下掲載いたします。ご覧ください。(多少、長文です。)

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信濃村上氏と村上水軍の祖?「源顕清」
 
「坂城の100人」の記念となる1回目に登場した人物は、信濃村上氏の祖と考えられている「源盛清」でした。
                  
盛清については、前述したように平安期の第一級史料である『中右記』によって、寛治8年(1094年)に起きた白河上皇呪詛事件により、信濃国(村上郷と推定)に配流され、盛清の子孫が村上郷を本拠として、以後の信濃村上氏の繁衍につながっていく大きなきっかけを作った人物として紹介しました。
                  
(源盛清について)
(関連して橋本治先生からいただいた手紙)
                         
しかしながら、この『中右記』の記述が発見される以前は、長らく信濃村上氏の始祖は、今回紹介する源顕清とされていました。
 その論拠となっていたのは、姓氏調査の基本図書で南北朝時代から室町初期に編纂されてと考えられる『尊卑分脈』の記述によります。これによると信濃国に配流されたのは顕清で、盛清は顕清の弟仲清の子とされています。そして、信濃村上氏として村上姓を初めて名のった村上為国(9回目に紹介)は、この顕清の実子と記述されています。
                          
 信濃村上氏の発祥に関しては、尊卑分脈以外に知る手だてが無かったため、おそらく何百年にもわたって、この地域では村上氏の祖は顕清と思われてきたのですが、戦後の歴史研究の成果の中で、中右記により信濃国に流罪となったのは、顕清ではなく盛清で、顕清は越前に流罪となり、且つ、盛清は顕清の弟で、兄弟の長兄である惟清(白河上皇呪詛事件の首謀者とされる)の養子であったことが判明したのです。
 しかしながら、尊卑分脈の記述がすべて間違いというのも早計であり、村上為国の実父が顕清であることからも、顕清が実際に村上郷へ移ってきた可能性を否定することは出来ません。というのも、盛清の紹介の中でお伝えしたように、盛清自体は、流罪の9年後康和5年(1103年)には京において「御監」の役を仰せつかり、その後も京都で活動していたことが判明しました。盛清自身は信濃村上氏の本拠地村上郷に居なかったのです。
                      
そのため、顕清が村上氏の本拠地に移り、信濃村上氏の礎を築いて、その子為国が跡を継いだという可能性を想定できる訳ですが、この為国もまた、村上氏の惣領でありながら、史料で確認できるのはすべて京都での動きばかりで、養父盛清と同様に京都で朝廷に仕える身であったことが分かっています。故に、為国の前の惣領を盛清とするのか、それとも顕清とするのか、その点について現状で判断することは非常に難しいと云わねばなりません。
 
 さて、この顕清については、さらにもう一つ大きな顔を持っています。それは信濃村上氏のみならず、瀬戸内海で有名を馳せた「村上水軍」の祖と伝えられる「村上定国」の実父として尊卑分脈に記されているからです。
 つまり、中世、日本の東西で歴史の表舞台で活躍することとなる両村上氏の血筋的始祖が源顕清ということになるわけです。
 つい先日、2014年の「本屋大賞」に輝いた 『村上海賊の娘』 和田竜(新潮社)について、このブログでも紹介されたように、村上水軍と信濃村上氏の関係は、その可能性を大いに秘めています。
 歴史的にそれらを実証することは非常に難しいのですが、このことについては、4月18日(金)から坂木宿ふるさと歴史館にて、信濃村上氏と村上水軍のコーナーを設けて、パネル展示にて紹介いたします。是非、この機会にご来館いただき、両村上家の関係について想いを馳せてみてください。
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(坂木宿 ふるさと歴史館 の紹介)

ふるさと歴史館

  戦国時代に甲斐の武田信玄を2度も打ち破った郷土の名将・村上義清と、江戸時代、北国街道の宿場町として栄えた「坂木宿」の歴史・文化をひもとく様々な史料を展示する歴史館です。また、建物自体が、昭和4年に建築された木造建築を、当時の面影を損ないままに修復した趣ある建物でもあります。

開館時間

午前9時~午後5時

(入館は午後4時30分まで)

休館日

月曜(月曜が休日の場合は翌日)・年末年始

展示室の観覧料

個人:100円

20人以上の団体:50円

(小学生及び町内中学生は無料)

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 坂城町長 山村ひろし

坂城町でも桜が開花

 あちこちで桜の開花宣言が行われていますが、坂城町役場正面右のソメイヨシノも見事に開花しました。

 これは役場2階から撮った写真ですが、今朝すでに多くの花を付けていました。

 気象庁の発表は特にありませんが、坂城町の開花宣言とします。(4月10日)

 昨年は4月4日でしたので、今年は約一週間遅れとなりました。

                     

                    

 坂城町長 山村ひろし

坂城駅前観光マップ

 坂城駅前の観光マップが新しくなりました!

 坂城駅を降りて右前方に見える観光マップがいささか古びていましたので新しいものに取り換えました。

 坂城駅へ行かれましたらご覧ください。

城駅前観光マップ02

▲(右)新しい駅前観光マップ

 

  このマップは、坂城駅から徒歩で行ける町の主な観光スポット、坂木宿ふるさと歴史館、坂城町文化財センター、鉄の展示館、169系車両などを案内しています。坂城駅から各施設を巡りたい時などにご利用ください。

 

坂城町長 山村ひろし

「本屋大賞」は『村上海賊の娘』(和田竜・新潮社)に

 本日(4月8日)、「2014年本屋大賞」に 『村上海賊の娘』 和田竜(新潮社)が選ばれました。

 先日、このブログでもご紹介しましたが、正に本屋大賞にうってつけの本だと思いました。

 以下、以前のブログを紹介しますが、和田竜さんが村上海賊の出自を 「村上海賊は平安期の村上天皇から発する」と簡単に書いていることはいささか残念だと思っています。

 「『村上海賊』 の出自は 『信濃村上氏』 である。」 という説が有力なのです。

                    

 村上水軍の紋章も当然 信濃村上氏が使っている 「丸に上」 であります。

                    

村上水軍紋章 (Z旗ホームページより)

水軍旗

 以下、以前のブログをご覧ください。

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2013/12/25 12:09

 「村上海賊の娘」を読みました。

 大ベストセラーとなった 「のぼうの城」 で小説家デビューされた、和田竜(りょう)さんの4年ぶりの最新作です。

 和田竜さんらしい、大活劇で、能島村上家当主、村上武吉の娘、村上景(きょう)を主人公とした素晴らしい小説です。

 村上景は地元では悍婦にして醜女で、嫁のもらいての無い20歳の女性でありますが、荒武者でもあり、織田方の泉洲真鍋海賊を打ち破る大活躍をします。

 この和田竜さんの小説は、まるで映像を見るようなビビッドな素晴らしい迫力で終始し大変読み応えのあるものです。

 私がこの本を読もうと思ったきっかけは当然のことながら、村上海賊と信濃村上氏がどのような関係で書かれているかということに興味を持ったわけであります。

 坂城の住民とすれば当然であります。

 しかしながら、この小説では村上氏について 「村上海賊は平安期の村上天皇から発する。降って、南北朝の騒乱で足利尊氏と戦った後醍醐天皇率いる南朝の支柱、北畠親房の孫に北畠師清というのがあり、これが芸予諸島に移住して、当時衰微していた村上家の名跡を継ぎ、三人の息子(義顕、顕忠、顕長)を三つの島に配した。)」 と紹介しています。

 要するに、信濃村上氏とは関係ないとしているのであります。

 小説の価値を損なうものではありませんが、いささか、残念でありました。

 早速、坂城町の宮下学芸員に確認したところ、以下のメッセージをもらいましたので以下、ご紹介します。

 「村上水軍の出自を村上源氏に求めることは、村上師清を北畠親房の孫とすることについて、年齢等の理由により、かなり難があることから、その信憑性は低いものと言われています。

 平安期に発祥したとされる村上水軍の祖伊予村上氏は、『尊卑分脉』によると、信濃村上氏から出た一族と考えられます。また、「師清」についても、信濃村上氏関連の系図では、信濃惣大将「村上信貞」の孫としており、村上水軍のなかで唯一、近世大名として存続した久留島氏(来島村上氏)は、自家の先祖を信濃村上氏としています。

くわえて、村上源氏説の系図でも、師清は信濃から瀬戸内海に移ってきたと記されており、村上源氏説にしても、師清が信濃と縁が深いことを唱えています。
このように、清和源氏出身の信濃村上氏と村上水軍の関係については、、その実証が大変困難でありながらも、最も大きな可能性を秘めているものと考えられます。」
                
以上、若干、遠慮気味に延べていますが、村上海賊は信濃村上氏由縁であると考えます。
是非、小説もお読みください。
                   
             
坂城町長 山村ひろし