瀬口清之さんの中国レポート

 キャノングローバル戦略研究所研究主幹)瀬口清之さんから最新の中国レポートが来ました。

 いつものことですが、瀬口さんのように頻繁に現場を足で歩いて体感されるレポートには迫力があります。

 日本ももたもたしていられません。 以下、ご覧ください。

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2017.06.29

中国で突然生まれる超巨大市場を見逃すな~インフラ整備の遅れが逆に最先端市場を拓く「馬跳び」型発展~

JBpressに掲載(2017年6月19日付)

瀬口清之さん:中国経済・日米中関係の第一人者

瀬口 清之

上海のタクシー事情から実感するスマホ社会

 2、3年ほど前から上海出張時に流しのタクシーがつかまえにくくなった。この10年、出張で年数回以上、上海を訪問しているが、以前は上海でタクシーをつかまえるのは難しいことではなかった。料金も安く、気軽で便利な交通手段だった。

 北京や地方都市では流しのタクシーを拾うのは以前からかなり難しかったため、面談場所に時間通りに到着するには地下鉄を利用するか、ハイヤーを雇う必要があった。しかし、上海では比較的容易にタクシーがつかまえられていたので、その必要を感じなかった。

 ところが、2、3年前から事情が変わった。ある日、タクシーが拾えなかったために、1日のうち3回も面談に遅刻した。以後、上海でも市内移動にはハイヤーを雇うことにした。

 この間、北京のタクシー事情はさらに悪化し、以前であれば夕食会が終わった後、10分から20分待てば拾えていたタクシーが、今は1時間待っても拾えないことが珍しくない。このため、最近は夕食会の後は地下鉄で移動するしかなくなった(北京の場合、最寄りの地下鉄の駅まで1キロ前後歩くことがよくある)。

 このような変化の背景にあるのはスマホを利用したタクシー配車サービスの普及である。

 都市に住む一般の中国人はこの2、3年、タクシーを呼ぶのにスマホを使うのが当たり前になっている。このため、客を乗せていないタクシーもスマホで呼ばれた客のところに向かっていることが多く、手を挙げても止まってくれない。流しのタクシーをつかまえるのは非常に難しくなった。

 中国で高い市場シェアを有する中国版ウーバー(ウーバー自身は昨年中国市場から撤退)である「滴滴出行」のアプリを使えば、タクシー以外にも自家用車やハイヤーも呼べる。ただし、タクシー以外は現金決済が認められていないため、出張者の利用は難しい。

 中国人は、タクシーがつかまりにくい夕食後の時間帯は、このサービスを使ってタクシー以外の車をつかまえている。その場合、決済は現金ではなく、中国系クレジットカードまたはスマホの決済アプリで行う。

 外国人出張者は中国の金融機関に口座を持っていないため、これらの決済手段を利用することができない。

 以上のようなサービスがこの2、3年の間に北京、上海などの主要都市で急速に発展したため、スマホを持っていないとタクシーが拾えなくなってしまったのである。中国人にとっては利便性の大幅な向上であるが、決済手段が限られている外国人にとっては以前の方が便利だったように感じる。

日本の方が遅れているIoTベースの各種サービス

 上記で紹介したタクシー配車アプリはほんの一例である。中国ではスマホの決済機能の発達やeコマースの普及を背景に経済活動のIoT化が老若男女を問わず、社会全体に浸透しており、以下のような現象が起きている。

●名刺を持たない(スマホをかざし合って情報交換)

●インターネットメールを使わない(スマホのSNSで代替)

●現金を持ち歩かない(スマホ決済で代替)

●クレジットカードを使わない(スマホ決済で代替)

●農村部では商店がなくてもeコマースで買い物(代金はスマホ決済)

●食事代の割り勘は一瞬にしてスマホで決済

●スマホ決済を前提としたレンタル自転車乗り捨てサービス(モバイク)の普及

●スマホ決済履歴を通じた個人信用力審査に基づく消費者ローンの提供

中国でこれらのサービスが急速に普及した主因は、以下のような元々の経済活動上の不便さにあると考えられる。

 第1に、中国ではかつて、固定電話が普及する前に携帯電話が普及したため、固定電話のない家庭が多い。このため、老若男女を問わず、携帯電話の利用が急速に広がった。

 第2に、中国では、都市郊外や農村部には商店があまり発達していないため、買い物が不便だった。そこにeコマースが登場したため、商店があまり多くない地域の消費活動の利便性が大幅に向上し、eコマースをベースとしたものへと一気に移行した。

 第3に、中国では金融機関の利便性が低く、現金も偽札が多く、日常的な資金決済の利便性が日本ほど高くなかった。そこにスマホアプリを介した便利で安心な決済手段が登場したため、スマホによる決済が急速に普及した。

 このように、元々各家庭に固定電話がなかったために携帯電話やスマホが普及し、便利な商店がなかったためにeコマースがそれにとって代わり、便利な金融機関が存在していなかったため、フィンテックが急速に発展した。

 利便性の高い新技術の登場により、ある段階の技術を飛び越えて、次世代の先進技術が一気に普及する現象は「馬跳び(Leapfrog)」型発展と呼ばれている。

 Frogはカエルを意味するので、Leapfrogを直訳すると「カエル跳び」であるが、英語では「馬跳び」(前かがみした人の背中を跳び越す子供の遊び)を意味する。日本でも小切手があまり普及せず、金融機関決済が普及したのはこの一例である。

 「巨龍」と呼ばれる中国が「馬跳び」というのはややしっくりこないが、巨龍の馬跳びが技術力を誇る日本企業ですら、追いつけない世界を生み出している。

次の「馬跳び」型発展は何か?

 今後中国で「馬跳び」型の急速な発展が予想される分野は遠隔医療サービスである。

 中国では医療機関の不足が深刻であり、主要都市の有名病院の1日当たりの来訪患者数は数千人から1万人に達する。そうした病院のロビーの様子は朝夕の新宿駅のラッシュのような状態であり、日本の病院の風景からは想像もつかない状況におかれている。

 このため、一般の患者は満足度の高い充実した医療サービスを享受することができない。治療が間に合わず、病気が悪化し、命を落とすことすらある。

 そうした事態を早期に改善するには、地道に病院建設を増やしていくだけではとても間に合わない。そこで考えられている有効な解決策は遠隔医療の導入である。

 健康診断の指標をスマホを通じて病院に送り、そのデータを医師がきちんと分析し、疾病予防に必要な指示を出す。病気が判明した場合には、さらに必要な検査を実施し、診断する。

 そのうえで処方し、医薬品を提供するといった本格的な遠隔医療サービスの導入が、中国の病院不足問題の抜本的解決策になることが期待されている。

 ただし、現時点では中国でも日本同様、遠隔医療は法律で禁止されている。しかし、現在の劣悪な医療事情を考慮すれば、近い将来において遠隔医療の導入は不可欠であり、いったん導入が始まれば、日本のレベルをはるかに超えて、「馬跳び」型発展を生み出すことは明らかである。

加速する日本企業の二極分化

 日本国内に大きな市場が存在しない先進的産業分野でも、日本企業の技術力を持って必死に努力を継続すれば、市場ニーズに適合した質の高い製品・サービスを生み出すことは可能である。

 ただし、その大前提は、日本企業自身が中国現地の国内市場の中に入り込み、中国企業・個人のニーズを的確に把握することが不可欠である。日本国内では経済・社会生活に定着していない先進技術であるため、日本国内にとどまっていれば、市場ニーズを全く把握できないのは当然である。

 上記のような中国国内市場ニーズに適合した製品開発を行うための努力は、「馬跳び」型発展を遂げる産業分野のみならず、自動車、家電、食品、各種素材などの従来型産業においても実は同じである。

 これらの分野でも、中国国内のニーズは日本国内とは異なっているため、中国のニーズに適合した独自の製品開発・生産効率向上が不可欠である。

 最近の中国国内市場における自動車、建設機械、スマホ関連、液晶関連、高付加価値日用品、eコマース関連などの分野において、好調を続ける日本企業の共通点は、現地ニーズの的確な把握、そのニーズにきちんと適合する製品開発、消費者の手の届く価格を実現する生産効率化努力等の継続である。

 巨龍中国が「馬跳び」型発展を実現する時代において、日本から外に出ようとしない企業にはそのチャンスも見えなければ、チャンスをつかむ方法も分からない。

 一方、経営トップ自身が中国現地に頻繁に足を運び、自分の目で市場ニーズを見て把握し、市場の最前線から陣頭指揮を執って研究開発と生産効率向上をリードする企業にとってはとてつもない成功と巨額の収益が手に入る。

 中国において日本の技術レベルを超えて発展する産業分野の製品・サービスはいずれ日本国内市場にも流入する。その時に初めて、中国で勝負をした日本企業の実力の違いが中国市場にチャレンジしない内向きの日本企業にも伝わるかもしれない。

 中国の市場ニーズの高付加価値化に伴って中国市場への取り組み姿勢の差による日本企業の二極化はますます加速していく。

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坂城町長 山村ひろし

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