中国経済についての第一人者、キャノングローバル戦略研究所研究主幹の瀬口清之さんから、まさに「熱い」武漢レポートが来ました。
普通のニュースでは報道されない中国内陸部の熱い経済状況です。
以下、ご覧ください。
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日本企業の進出が止まらない「熱い」武漢の魅力~華中地域の経済発展を牽引する武漢、カギは自動車関連と小売業~
JBpressに掲載(2014年8月20日付)
- キャノングローバル戦略研究所研究主幹 瀬口 清之
- [研究分野] 中国経済・日米中関係
武漢は、重慶、南昌、南京とともに「中国四大火鍋」と呼ばれ、夏の暑さで有名だ。7月下旬、1年ぶりに猛暑の武漢を訪問した。武漢が暑いのは気温だけではない。経済も熱気があふれている。
武漢名物、建設工事と大渋滞
数年前に初めて武漢を訪問した時は空港から市内への高速道路建設、広州・上海・北京各市と武漢を結ぶ高速鉄道建設、武漢の市街地を真ん中で2つに分断する長江の両岸をつなぐ水底トンネル工事といった基幹インフラの建設で市内は大渋滞だった。
それらのインフラ建設は昨年までに概ね完成した。当時空港から市内のホテルまでタクシーで1時間半近くかかっていたのが40分程度にまで短縮された。また、2009年末の高速鉄道の開通により広州と武漢は片道4時間で快適に行けるようになり、往来は格段に増加した。
その効果で広州に集積していた自動車関連企業が続々と武漢に進出し、武漢の自動車産業集積地としての地位は揺るぎのないものとなった。基幹交通インフラが生み出す経済効果は絶大だ。
武漢は今も渋滞がひどい。現在武漢で建設中のインフラは、北東部のビジネス中心街である漢口と南部の産業開発区兼住宅地である漢陽とをつなぐ高速道路および市内の地下鉄である。
そうしたインフラ建設と並行して、旧市街のバラック地区の再開発を進め、市内のいたるところで高層マンションを建設している。
今回の武漢滞在中に漢口から漢陽の経済開発区を見学に行こうとしたが、途中で高速道路の建設工事などの影響による大渋滞につかまり、次の面談の時間に間に合わなくなりそうだったため、見学を諦めざるを得なかった。
これも「熱い」武漢ならではの出来事である。目的地の経済開発区には辿りつくことができなかったが、大渋滞の前後に通り過ぎた数多くの工事現場の風景を見るだけで、武漢の経済発展の熱気を十分肌で感じることができた。
中核都市と周辺都市との発展格差は主要地域経済圏の共通課題
武漢市は現在の中国の経済成長をリードする中西部地域の4大都市(武漢、重慶、成都、西安)の1つである。武漢以外の3都市は西部に属しており、中部地域の都市の中では武漢が群を抜いた存在である。
このため中部地域に住む中国人の多くが、武漢に住居を構えて中部地域随一の都市生活を謳歌したいと考えることから、武漢の住宅の実需は根強い。
全国の多くの2級以下の都市で不動産価格の下落が見られている中、武漢では高層マンションの建設ラッシュが続いているにもかかわらず、不動産価格の上昇が続いている。
ただし、これは喜ばしいことばかりではない。本来、地域経済の発展のためには、華東地域のように中核都市上海の周辺で、蘇州、無錫、南京、杭州、寧波、合肥といった複数の2級都市が発展を遂げ、各都市の特性に応じた異なる産業構造を持ち、相互に補完し合う関係となることが望ましい。
しかし、武漢周辺の8都市はいずれも規模が小さく、武漢との補完関係を形成するような存在ではない。このため中部では武漢への産業・人口・生活基盤の一極集中が生じ、周辺都市の発展が遅れるという悪循環が生じている。
これを改善するには、武漢市とその周辺都市を管轄する上部組織である湖北省政府が、税制優遇策、適切なインフラ建設等により、周辺8都市の魅力を高め、武漢と連携を図る形で発展を促進すべきである。残念ながら現時点ではそうした成果は見られていない。
こうした中核都市と周辺の中小都市との発展格差問題は、武漢のみならず、重慶、西安、北京・天津周辺でも起きており、それぞれの地域経済の発展制約となっている。
日本企業の進出は自動車関連と小売が中心で投資拡大意欲が強い
武漢の主要な産業は自動車、鉄鋼、光通信・バイオ等ハイテク産業である。所得水準の上昇と人口の増大により消費も急拡大しているため、小売業も好調である。
自動車と小売は日本企業の対中直接投資の中でも積極姿勢が目立っている産業分野である。武漢ではその2つの分野の日本企業のウェイトが高い。とくに自動車関連は日系企業の約半数を占めている。
武漢ではイオンを中心に日系小売業の進出も目立つ。武漢市の1人当たりGDPは2011年に1万ドルに達し、日本企業の製品・サービスでも一般庶民が無理なく買える所得水準になった。昨年から今年にかけて、日本食のレストランが続々と開業しているのもその所得要因が大きいと考えられる。
中国各地のジェトロが実施したアンケート調査によれば、武漢に進出している日本企業は他の都市に進出している日本企業に比べて投資拡大意欲が強い。それは武漢で成長・発展している中核産業と日本企業の競争力のある産業分野とが一致していることも一因であると考えられる。
今後イオンのショッピングモールとスーパーが次々と開業する予定であり、日本食のレストランも続々と増えつつあることから、日本企業にとってのビジネス環境はますます改善する方向にある。
投資環境としての課題は物流と人材確保
しかし、武漢には問題もある。それは物流網の発展の遅れと人材確保の難しさである。
武漢は中国の東西(上海~重慶)・南北(北京~広州)を結ぶ基幹道路・鉄道の交差点であることから交通の要衝である。
しかし、小売・物流に強い影響力を持つ地場の国有企業により、競合企業の新規参入が阻害されてきたため、武漢市内と域外を結ぶ物流網の発達が遅れている。とくに日本の食材の搬送に不可欠な冷凍・冷蔵運送が難しいという問題を抱えていた。
これに対してイオンでは、地元のサービス業の改善を目指す武漢市政府による強い誘致とビジネス支援を受け、問題の克服に取り組んできた。地元の国有企業も武漢市政府の強い意向には逆らえないことから、徐々に障害は取り除かれている。
人材については、武漢には武漢大学等全国でも指折りの有名大学が集中しているため、一見人材の宝庫のように見える。しかし、実際には、優秀な学生は全国の優良企業等から引っ張りだこであるため、卒業とともに高所得を得られる北京、上海、広州等沿海部の主要大都市へと移住する。
その後、年齢が30代に達し、結婚後の生活を考えるようになると、不動産価格と生活費が高い沿海部主要都市から、それらが安くて生活しやすい武漢市に回帰してくる例が多い。このため、30代以上の優秀なホワイトカラー人材は比較的採用しやすい。
自動車産業集積地として武漢特有のメリット
華東、華南地域では最近の業績不振、日中関係の悪化やPM2.5等の影響などを背景に、中堅・中小企業の撤退や駐在日本人数の減少が見られている。
しかし、武漢に進出した日本企業の多くが所属する武漢日本商工会企業数はこの数年、年間約20社ずつ着実に増加し続けており、今年も同じようなペースで増加している。今年の6月時点での武漢日本商工会の会員企業数は146社で、その約半数は自動車関連である。
武漢にはホンダの工場があり、武漢に近い襄陽には日産の工場もある。このほか、市内にはプジョー・シトロエンとGMの工場があるほか、今後ルノーも進出するなど、武漢は広州と並ぶ自動車産業の集積地となりつつある。
日本の完成車メーカーにとっては日系および地場のサプライヤーから部品調達が容易である。一方、日系サプライヤーにとっては、元々の系列メーカー向け以外に、他系列の日系メーカー、中国・欧米等非日系の自動車メーカーへの販路拡大のチャンスにも恵まれている。
このため武漢進出は世界中の自動車メーカーと直結する足掛かりとなる。これは武漢特有の特徴であり、完成車メーカー、サプライヤーの双方にとって進出メリットが大きい。
日本企業の課題
2010年代の中国経済は、工場から市場へ、沿海部主導から内陸部主導へと急速な構造変化が進行している。日本企業の中国ビジネス展開上の課題は、中国市場の産業・地域両面の構造変化への迅速な対応である。
中国市場の構造変化の速度は日本よりはるかに速い。その変化に対応した生産・販売体制を構築していくには、日本企業の従来レベルをはるかに上回る迅速な経営判断力と意思決定力が必要である。
その実現の鍵は優秀な中国人幹部の採用と、それを十分活用する本社経営トップ層の経営力向上である。
武漢を始め、重慶、成都、西安等内陸部の主要都市では日本企業の進出が続いている。しかし、各地の市場規模、ビジネスチャンスの拡大テンポに比べて、日本企業の進出および事業拡大のスピードはまだまだ遅い。
今後、より多くの日本企業が一段と経営力を向上させ、中国各地での事業展開をスピードアップし、大きなチャンスを確実にものにしていくことを期待したい。
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坂城町長 山村ひろし