キャノングローバル戦略研究所の研究主幹 瀬口清之さんが日米中の経済問題について、「相互確証破壊」 という言葉を使って論説されています。
大変興味深い論文ですので以下、ご紹介します。
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トランプ政権下で米中は経済戦争に突入するか
~経済的な相互確証破壊が確立している両国より問題は日本~
(キャノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口清之)
相互確証破壊
安全保障の専門用語に相互確証破壊という言葉がある。2つの国がともに大量の核兵器を保有している場合、片方の国が相手国を核兵器によって先制攻撃すれば、相手国も核兵器による報復攻撃を行う。
最初の攻撃で相手国の核兵器を全滅させることができない限り相手国からの核兵器による報復攻撃を受けて、先制攻撃を仕かけた国も壊滅的な打撃を被る。
したがって、大量の核兵器保有国同士は、一方が核兵器で先制攻撃すると最終的には双方が壊滅的な打撃を受ける関係にあることを双方がともに確証する。これが相互確証破壊と呼ばれる概念である。
相互確証破壊の関係が成立している国同士の間では理論上は直接的な軍事衝突が発生しない。これが核抑止力と呼ばれる核兵器配備の重要な目的の1つである。
米中両国経済は相互確証破壊の関係が成立
米中両国の経済関係を見ると、この相互確証破壊と似たような関係が成立しているように見える。
もし米国が中国に対して、中国からの輸入品に対する関税の大幅な引き上げ、あるいは、為替操作国と認定したうえでの制裁措置発動といった経済戦争を仕かければ、中国も米国に対して報復する。
米国企業の自動車、パソコンなどの不買運動、米国系スーパー・百貨店に対する焼き討ち・投石、米国系コンサルティング企業・会計企業・弁護士事務所などに対する中国政府関係機関・国有企業の入札参加リストからの排除などが考えられる。
いずれも尖閣問題発生直後に日本企業が直面した問題である。
日本企業の場合、尖閣問題発生後のこうした不買運動などによる被害は大半の企業にとって2~3か月、長くても数か月でほぼ沈静化した。
加えて、各地方政府は地域の雇用と税収の支えとして貢献の大きかった日本企業を必死に引き留めたこともあって、尖閣問題で日本企業が大量に撤退を迫られることはなかった。
しかし、万一米中経済戦争が深刻化し、上述のような報復措置が長期化・エスカレートすれば、米国企業は中国市場からの撤退、あるいは大幅な事業縮小を余儀なくされる可能性が高まる。これは米国経済にとって巨大な打撃となる。
中国が米国に対して厳しい報復措置を採れば、トランプ政権は中国に対してさらに厳しい経済制裁や貿易戦争を仕かけてくると考えられる。その結果、両国の経済はともに深刻なダメージを受け、成長率が低下し、失業が増大する。
この程度の最悪シナリオは誰でも簡単に想像できるはずだ。経済版相互確証破壊の関係が成立していると言って差し支えないだろう。
日米貿易摩擦当時の日米経済関係と現在の米中経済関係の違い
具体的な経済指標(国際通貨基金=IMF世界経済見通し2016年10月)を見ると、米国のGDP(国内総生産)に対し、中国のGDPのウェイトは2016年が61%、2020年には75%に達する。
1980年代から90年代にかけての日米貿易摩擦の真っ只中にあった1990年の日本のGDPは米国の52%(ちなみに2016年は25%)。中国はすでにそれを大幅に上回っており、急速に米国に接近している。
2016年、米国の中国からの輸入金額は米国GDPの2.1%に相当し、対中貿易赤字幅は同じく1.4%。1990年当時の日本は、米国の対日輸入が米国GDP比1.5%、対日赤字幅は0.6%だった。この貿易不均衡のインパクトを比べても現在の中国は1990年の日本を大きく上回っている。
さらに日本と中国の決定的な違いは中国の国内市場の開放度の高さである。日本の国内市場は高度成長期から現在に至るまで極めて閉鎖的で、外国企業による対日直接投資の受け入れに対しては一貫して消極的である。
これとは対照的に、中国は市場開放による積極的な外資導入を梃に急速な経済発展を実現してきた。2016年の中国の対内直接投資は中国のGDPの1.1%。これに対して1990年の日本の対内直接投資は日本のGDPのわずか0.06%だった。
このため、日本で成功した米国系企業は日本IBM、コカコーラ、マクドナルドなど数えるほどしかない。これに対して、昨年の米国企業の中国国内での自動車販売台数はGM、フォードを中心に296万台に達した(ちなみに日本企業は379万台)。
米国を代表するスーパーマーケットのウォルマートは2016年末現在、中国国内の189市に439店舗を開設している。このほか、アップル(スマホ、PC)、キャタピラー(建設機械)、コーニング(ガラス)、ファイザー(製薬)、P&G(洗剤、化粧品等)など、米国を代表する巨大企業が中国市場で巨額の利益を稼いでいる。
1990年代の日本であれば不買運動を仕かけられても米国としては痛くもなかったが、現在の中国で、もし米国製品の不買運動が始まれば、米国企業の損失の大きさは計り知れず、米国経済そのものへの影響も深刻である。
しかも、日本は安全保障面で米国に依存しているため、日米関係に対する特別の配慮が働く。それに対して、中国は米国から完全に独立しているため、日本に対するような脅しは通用しない。
米国の強硬策に対しては強硬策で報復する可能性が高い。トランプ政権はこの点も十分考慮すべきである。
以上のような米中経済関係を考慮すれば、両国政府が冷静に判断する限り、経済戦争を仕掛けることは双方にとってあまりにリスクが大きすぎることを認識し、互いにそうした事態を回避するはずである。
もしこの2大国がそうした冷静な判断を無視して経済戦争に突入すれば、世界経済はリーマンショック以上の衝撃を受け、欧州の財政金融危機や新興国の通貨危機が再燃し、世界大恐慌に陥る可能性も十分ある。
そうならないことを期待するとともに、その両国と緊密な関係にある日本として、そうした事態を回避するよう両国間の相互理解と冷静な判断を促進する役割を担うべきである。
もっとも米中間には経済戦略対話(S&ED)が毎年開催され、両国政府主要機関のトップレベルでの交流が続けられてきているほか、王岐山政治局常務委員とポールソン元財務長官に代表される人脈など、これまでは日中両国間以上に太いパイプがあった。
トランプ政権と習近平政権がこれをうまく活用すれば相互理解は十分図れるはずである。
日本の経済戦略のあり方を考える
振り返って日本の立場を考えてみると、日本は世界第3位の経済大国であり、米中両国とはとくに緊密な経済関係を保持している。2016年の日本の国別輸出ウェイトを見ると、米国向けは20.1%、中国向けは17.5%と両国が極めて重要な貿易相手国であることは言うまでもない。
これらの両国に対して日本は国内市場(GDP)の規模そのものが小さく(米国の4分の1、中国の3分の1)、しかも閉鎖的であるため、米中両国と日本の間には経済面で相互確証破壊の関係が成立していない。このままでは将来の不測の事態に伴う経済戦争リスクへの対応能力面で不安が残る。
国内市場が小さい日本が米中両国に対して相互確証破壊の関係に似た交渉力を持つためには、相手国の国内市場において日本企業の雇用、税収、技術開発面での貢献を高める必要がある。
日本企業を排除すれば米中両国ともに経済が深刻な打撃を受けるという関係を構築することを目指す。つまり経済面でのウィンウィン関係の強化である。
おそらく日中間では現時点ですでにそれに近い関係が成立している。尖閣問題が発生した直後に各地方政府は、日本企業が撤退しないよう、地元の日本企業をきちんと保護する姿勢を打ち出した。
日中双方のメディアはこうした事実を報道しないため一般には認知されていないが、こうした中国政府の対応が日中経済関係の安定保持に大きな役割を果たしている。
日中関係においてさらにこの関係を強化するには日本企業の対中投資を拡大し続けることが重要である。それによって、日本は核兵器に頼らなくても中国との間でウィンウィン関係の強化によって相互確証破壊に似た関係を成立させることが可能である。
これは長期的な日中関係の安定確保に大きく貢献する。
日米両国は日米安全保障条約に基づく強固な同盟国であるが、安全保障面では日本が米国に従属しているため、日本の交渉力は弱い。
せめて経済面だけでも、日本企業が米国経済にとってなくてはならない重要な存在として、米国民から高い評価を得られるよう、ウィンウィン関係のさらなる強化に向けて努力を継続することが必要である。
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坂城町長 山村ひろし